アートホリックな人のいまをお届けするこのコーナー。今回は、アーティストの平川祐樹さんにお話を うかがいました。
アートとの出会いについて教えてください。
小学生の時、家の近くに豊田市美術館が開館しました。友人と2人で何度か見に行ったのですが、ある企画展でジュゼッペ・ペノーネ氏の「12メートルの木(1982)」という所蔵作品が展示してありました。
小学生なので「何故、木が美術館に展示してあるの?」と不思議に思って眺めていたのですが、たまたま近くにいた中年の男性が「これはもともと角材から彫り出されているんだよ」という説明をしてくれました。
作品の核となる部分に触れたような感覚があり、とても感動しました。
その時の胸のざわめきが、アートとの本当の出会いだった気がします。
映像に興味を持ったきっかけは?
子供の頃はゴジラやモスラといった特撮映画が大好きで、映画監督に憧れていました。
高校生の時に遊び半分でビデオ作品を制作してみたのですが、とても面白く、それ以来本格的に映像制作を志すようになり、映画の学べる美大に進学しました。
映画ではどんな作品に興味を持っていたのですか?
ア ンドレイ・タルコフスキー監督「ノスタルジア」、テオ・アンゲロプロス監督「永遠と一日」、邦画では小栗康平監督「眠る男」が好きです。
現実と幻想が入り交じるような物語に強く惹かれる傾向があります。
この3作品は、映像の速度が非常にゆっくりとしているのですが、そういった部分にも惹かれるのだと思います。
映画から映像作品にシフトしたのはなぜですか?
映画と映像の定義が曖昧になりつつある現代ですので、私の作品がどちらに位置するのか判断が難しいところです。
学生時代に10作品ほどの劇映画を監督したのですが、制作における根本的な部分は同じです。
ただ、映画館などの上映スペースではなく、ギャラリーなどの展示スペースで発表する事が多くなったため、映像作品と呼ばれる機会が多いのだと思います。
スクリーンと空間・場所・観客の関係性を扱うようになってから、発表の場がギャラリーへと移っていきました。
人物はあまり出てきませんが、物語の構成もあるので多面スクリーンの映画作品を制作していると思っています。
2009年以降のインスタレーション作品は、映画の各シーンという設定が背景にあるシリーズとして制作しています。
映画のシーンを断片化して映像インスタレーション作品として発表し、数十作品が集まって展示されると、1つの物語のようなものが見えてくるように構成しています。
映像、映像インスタレーション、写真と複数のメディアで制作されていますが、メディアはどのように使い分けているのですか?
時期によって、表現したいコンセプトが刻々と変化しているので、そのコンセプトを最も表現するのに向いているメディアを選んでいます。
デジタル・メディアの面白い点は、すべての情報がメディア間を簡単に横断できる点です。
各メディアの境界は非常に曖昧で、確固とした定義付けはとても難しい状況です。
パソコン上では写真を映像の一部に使用したり、逆に映像の一部を写真として使用する事がなんの違和感もなく行えてしまいます。
今のところ、作品に時間軸が必要であれば映像作品に、不要であれば写真 に、空間が必要であればインスタレーションとして発表しています。
映像インスタレーションの場合、空間を時間に置き換える事ができるという点も重視しています。
これらのメディアをとおして平川さんが表現したいことは何ですか?
すべての作品を同じテーマで制作している訳ではないので、一言で表す事はなかなか難しいのですが、「メディアの発達によって変化してきたリアリティのあり方」と括る事ができます。
私が感じているリアリティというのは、現実との直接的な繋がりの上に成り立った現実感なのではなく、常にメディア(媒体)を通して再構成されたリアリティだという点です。
そして我々自身もまた、そのメディアの一部になっていると思います。
現在開催中のグループ展 「浮森」ではどのようなテーマで制作されていますか?
最近は「断片化された物語」というものをテー マに制作しています。
本来、始まりと終わり(話の筋)があって成立するはずの物語が、その時間軸を失って断片化している状況は、現代社会の様々な部分で見られます。テレビをつけると、何の脈略もなくドラマのシーンがはじまり、チャンネルを変えると殺人事件のニュースが流れます。それらは社会の中で起きている様々な物語の一部であり、当事者でない限り物語の前後関係は断絶されてしまって います。
そうして断片化された物語には、物語の「予兆/残余」だけで構成された現実感が存在しています。
その現実感を、作品を通してどうにか現前化させようと試みています。
「浮森」では、断片化された映画のシーンというシリーズ作品から、森に関する作品を2点出品しています。
文化庁メディア芸術祭アート部門審査委員会推薦作品《Resight》(2007年)では、
その場所が持つ歴史や時間を立ち上げていましたが、サイトスペシフィックな作品の制作は平川さんにとってどのような意味を持ちますか?
現在、名古屋駅南に流れる中川運河の地霊(ゲニウス・ロキ)へとアプローチしたサイトスペシフィック作品の制作を行っています。
地霊とは、その場所が持つ特有の雰囲気をさし、歴史的背景・地形・人々の営みなど様々なものによって醸し出されるものです。
過去の蓄積であると同時に、場所の「予兆」であり、時間軸を持った物語でもあります。
そういった地霊から読み取った物語を運河周辺で撮影し、映像作品にその雰囲気を閉じ込めようとしています。
サイトスペシフィック作品の場合、物語は場所から生まれ、場所に帰ってゆく事が出来ます。
「断片化された物語」をテーマに作成しているシリーズが、都市の中で宙づりになった物語だとすると、サイトスペシフィック作品は大地に横たわった物語です。
ともに、現代の物語のあり方を探っているという所で、私の中では一貫しています。
現在制作中のサイトスペシフィック作品は、あいちトリエンナーレ企画コ ンペ入選企画として「中川運河 -忘れ去られた都市の風景-(10月/愛知芸術文化センターアートスペースX)」にて発表予定です。
東海のアートシーンについて感じていることがあれば教えてください。
名古屋はよく「刺激が少ない街」のように言われる事が多いですが、作家がアトリエを構えるにはちょうど良い刺激量の街だと思います。
中心街にいってもそこまで人口密度が高いわけでなく、街の中に適度な空白があり、遠浅の海辺のような雰囲気があります。
あいちトリエンナーレ2010が開催され、東海のアートシーンが活気づいているように見えますが、その活気をいかに持続していくかが、私たち地元作家の課題だと思います。
その一つの方向性として、地元作家のコミュニティ形成というものが重要になってくるのでは無いかと思います。
平川祐樹
1983年 名古屋市生まれ、豊田市育ち
2008年 名古屋学芸大学大学院メディア造形研究科修了
現在、名古屋市在住
【主な展示、上映会】
2007 Toyota Art Competition 2007(立体部門優秀賞) | 豊田市美術館、豊田市
KOBE BIENNNALE | メリケンパーク、神戸市
蔵にひそむアート | 野田味噌商店蔵の杜、豊田市
2008 Light in the Dark | Yebisu Art Labo、名古屋市
ヴァーチャル⇔リアリティ | Galleryアートフェチ、犬山市
ASK?映像祭2008 | ASK?、東京都
2009 名港ミュージアムタウン | 築地口界隈、名古屋市
Asia Digital Art Awards 2008 | 福岡アジア美術館、東京ミッドタウン
第12回文化庁メディア芸術祭 | 国立新美術館、東京都
白昼夢 DayDream | 愛知県芸術文化センター、名古屋市
ASK?映像祭2009 | ASK?、東京都
Festival Miden 2009 -Urban (R)evolution | Histric Centre of the city of Kalamata、ギリシャ
Electrofringe 09 |Newcastle、オーストラリア
個展「乖離するイメージ」|Standing Pine-cube、名古屋市
KC-LAB1 |Korzo5Hoog、オランダ
KoMA'6 |Hall of Faculty of Music in Belgrade、セルビア
2010 ART FAIR KYOTO in Hotle Montrey | Hotel Moterey,Kyoto、京都
映像の学校 「愛知の新世代たち」|愛知芸術文化センター、名古屋市
【今後の展示、上映予定】
「浮森 -floating forest」
2010 年9月11日(土)~10月3日(日)
Standing Pine -cube(中区栄)
出品作家:伊藤正人、田口健太、平川祐樹
あいちトリエンナーレ2010現代美術企画コンペ入選企画展
「中川運河 -忘れ去られた都市の風景-」
2010 年10月6日(水)~10月31日(日)
愛知芸術文化センター・アートスペースX
企画:田中由紀子 出品作家:平川祐樹、水野勝規、吉田知古
上映「Cinesonika」
2010年11月12日(金)~21日(日)
Simon Fraser University Surrey Theatre(カナダ)
写真:《synchrome》
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