More on Interview
2010年12月16日木曜日
ファン・デ・ナゴヤ美術展「黒へ/黒から」 企画者 片山浩
アートホリックな人のいまをお届けするこのコーナー。今回は、2010年1月に開催のファン・デ・ナゴヤ美術展2011「黒へ/黒から」を企画されたアーティストの片山浩さんにお話をうかがいました。
ファン・デ・ナゴヤ美術展に企画を応募されたのはなぜですか?
「黒い作品」を集めたら、どんな展覧会になるんだろう?という興味は以前から頭の片隅にあったのですが、一見地味とも思える展覧会なので、ギャラリーなどに持ち込んでも関心は持たれにくいのではないかな、とも思っていました。そんな時に目に留まったファン・デ・ナゴヤ美術展の企画募集のチラシを読んでみると、今回から1室からでも企画応募が出来るとありました。もしかしたら小さくても密度のある展覧会が出来るのでは…と思い、応募しました。
展示の概要を教えてください
「黒」と「銅版画」をキーとして10人の作家が出品します。銅版画を経た彼らが持つ「黒」に対するこだわりや美意識には独特のものがあると思います。ただ、彼らすべてが現在、銅版画で制作しているわけではありませんので、リトグラフや写真など他の表現による作品も出品されます。表現方法が銅版画から変わっても「黒」に対する意識は彼らの中にとどまり制作の芯になっているように思います。そういった彼らがもつ「黒」への特別な意識をあらわにしたいと思います。
黒にこだわった版画作品に着目されたのは、片山さんのどんな問題意識からでしょうか?
実は「黒い作品」に興味を持ち始めたのは最近のことなのです。そのきっかけは、2008年にドイツのハノーファーでドローイングのワークショップに参加した時に、画材店で手に入れたグラファイトやチャコール、インクの黒の色の幅が新鮮で、それらを使って黒いドローイングを多く描いたことがあります。ワークショップから帰って来て、リトグラフの工房の隣にある銅版画の工房をあらためて見てみたら、「黒い」作品がそこで制作されている…。しかも幾人かの学生や作家の「黒」へのこだわりは尋常ではないように思えました。銅版画は版画の中でも版の表情やプロセス、技法の多様さなど要素が多い版種なので、イメージ性の他にもそのプロセスや版のあり方に関心を寄せる作家も多いのですが、私が彼らの作品の中から最も惹かれたのは色彩としての「黒」のあり方でした。
大学などで銅版画を学ぶ際は、当たり前のように黒いインクで刷ります。ほとんどの学生はその後、何の疑問も感じず、その黒インクを使い続けるのかもしれません。長い制作活動の中で、初めての銅版画制作で触れた色である「黒」を使い続ける彼らの「黒との関係」とはどんなものだろう?これから彼らはどんな距離感を保ちながら「黒へと向かうのか?」あるいは「黒から離れるのか?」という疑問がこの展覧会のアイディアの発端です。
現在、名古屋芸大でリトグラフを教えているので、先程のリトグラフの工房とは名古屋芸大の版画コースのことなのですが、同じ大学でも版種が違うとすぐ隣の工房なのにまるで雰囲気が違います。リトグラフで制作している私にとって、どんな色で作品を組み立てていこう、と考える過程は制作の上でとても重要なのですが、隣の部屋ではイメージやプロセスが違う作家達が、「黒」で刷っている。学生の講評会に出た時には「なぜ彼らは皆、黒で刷るんだろう?」という強烈な疑問が湧くことすらあります。ただ、興味深く彼らの制作を眺めていると、銅版画のプロセスの中で版の表面の表情を微妙に変えながら、「黒」という色彩を豊かに立ち上がらせようとしているように見えました。つまり数ある色彩の中の「黒」ではなく黒の中の「黒」を見つめているように思えたのです。この銅版画でどっぷりと作品制作を経験した作家の「黒」への感覚の独特さに気づいたことが、銅版画を経た作家よって展覧会を構成しようと思った理由です。
10名の参加作家はどのように選ばれたのですか?
始めから「銅版画を経験した作家から」という決め事をしていた訳ではありません。興味深い「黒い作品」をあげていくうちに銅版画による作品が多かったことと、私の銅版画に対する認識の変化から、「銅版画を経験した作家」を探すことにしました。
もともと1室で小さく密度のある展覧会を目指したので、作品の大きさよりも作品の持つ密度と色彩としての「黒」の質が違う作家を探しました。もう一つは「知られていない作家」を見たいということがありました。大学で版画に関わっているといくつもの版画のグループ展を見る機会が多いのですが、作品の大型化、版の概念の拡大といった問題を扱う「版画展」にはあまり関わってこない作家を探しました。企画に応募をする段階では、阿部大介さん、尾野訓大さん、川田英二さん、川村友紀さん、山口恵味さんに出品を依頼しています。
「黒へ/黒から」の企画が採用されてから、3階の全室を使うことになったので、出品作家を増やす必要が出てきました。基本的には20代から30代の作家による展覧会と思っていたのですが、もっと上の世代、つまり私が学生の頃に見て学んだ作家たちの20代から30代の時の作品と現在の20代から30代の作家の作品とが並んだ時に、どのようなことがおこるのだろう、という関心が生まれました。そんな時に白土舎の土崎さんに鈴木広行さんの70年代の作品を見せて頂いたときに、作品から受ける印象がとても新鮮だったので、このアイディアを進めることにしました。新作ではなく旧作を出品することを依頼することは難しいかと思いましたが、鈴木広行さんにはその後、快諾して頂きました。さらに作家を探す中で、織部亭の25周年のパーティーで武蔵篤彦さんとお話する中で、アメリカ留学時代に制作したモノクロームの銅版による作品の話を聞きました。武蔵さんはカラーリトグラフによる作品のイメージが強いと思いますが、そのアメリカでのエピソードを聞いた時にその「色と質」の起源を知ったように思い、その作品を出品して欲しいとお願いしました。そしてエンク・デ・クラマーさんはベルギーで活動している作家ですが、2004年に名古屋芸大の客員教授として滞在制作をしています。その時、制作を間近で見る機会があり彼の作り出す「黒」の強さが印象的でした。彼の作品を取り扱うOギャラリーに相談をしたところ出品に協力頂けることになりました。そして、その後もいくつかのギャラリーでの展覧会を見る中で、東条香澄さん、森田朋さんに出品を依頼しました。
今回、片山さんは出品されていませんが、それはなぜですか?
私には彼らのように「黒」に取り組み続けたことはありません。私の作品と制作における経験はこの展覧会のテーマに沿わないのです。自分が出せる展覧会ではなく、見たい展覧会を作る、というのが発端なので、始めから出品することは考えていませんでした。ただ、展覧会のことを考えるにつれて、どんどんと関心は深くなっています。
準備にあたり、ご苦労されたのはどんなところですか?
出品作家同士がほとんど初対面だったので、作家同士のコミュニケーションや展覧会に対する私の考えを伝えることには時間をかけました。作品に関しては彼らが会場でどのように展開することになるのか、楽しみにしています。
準備にあたっては、いろんな人にアドバイスをもらったり手伝ってもらったりしているのでそれほど苦労というものは今のところ感じていません。ただ、これから展覧会が終わるまでに起こる、いろんなことに対する準備が大変になるだろうな、という予感があります。
ズバリ見どころを教えてください
さまようように「静かな密度のある」黒い作品の中を歩いてください。会場をうろうろとする中で、作品のなかに潜む作家の視点や考えを見つけてもらえたらと思います。
最近、特に20代から 30代の7名の作家の作品を見ていて気がついたのですが、彼らの画面の中にはそれぞれ独特の時間の流れが閉じ込められているように思います。その時間の流れは、銅版画という表現方法を通してでしか獲得出来ないものかもしれません。「黒」という色彩とともに「時間の流れ」が見どころかもしれません。
鈴木広行さん、武蔵篤彦さん、エンク・デ・クラマーさんは現在も次々と新しい作品を発表されていますが、今回は30代のころ、どっぷりと「黒」に取り組んでいた頃の作品も出品して頂きます。当時を御存じの方は、今の20代から30代の作家と作品を並んだときに、それらの作品がどのように見えるのか、という見方も面白いのではないでしょうか。
東海のアートシーンについて感じられていることを教えてください
作家が良い距離感を保って活動が出来る場所だと思います。
ただ、アートシーンとして考えると、どれ程の密度があるのかな、という疑問もあります。
質の高い作家は多くいるので、彼らとキュレーターやギャラリー、美術館がもっと交錯してもいいのに、と思うのです。街の規模からするとアートの気配はまだまだ希薄かな。東海の人はもっと「東海のアート」を見つめる必要があるのではないでしょうか。
片山 浩
1971 大阪市生まれ
1994 名古屋芸術大学美術学部絵画科洋画専攻版画選択コース卒業
1997 愛知県立芸術大学大学院美術研究科油画専攻修了
個展
1996 STITCH(ガレリア・フィナルテ/名古屋)
1998 ガレリア・フィナルテ/名古屋
1999 printings(ギャラリーAPA F2/名古屋)
2001 in the past(ガレリア・フィナルテ/名古屋)
2003 I smell it in the air (ギャラリーAPA F2/名古屋)
2004 one mimute ago(ガレリア・フィナルテ/名古屋)
one mimute ago(ギャラリーAO/神戸)
2006 Scent / Water / Light (King Mongkut's Institute of Technology/バンコク/タイ)
scene(ギャラリー芽楽/名古屋)
2007 In defferent scenes(ギャラリー芽楽/名古屋)
2009 Into the depth of the trees(ギャラリー芽楽/名古屋)
In defferent scenes(ギャラリーすずき/京都)
2010 Cell, ちいさい部屋の平面(名古屋大学教養教育院プロジェクトギャラリー「clas」)
surface of a room (ギャラリーAPA F2/名古屋) ほかグループ展、多数
■ファン・デ・ナゴヤ美術展「黒へ/黒から」
会期/2010年1月13日(木)~23日(日)9:30~19:00(16・23日~17:00)1月17日は休館
会場/名古屋市民ギャラリー矢田 第2~7展示室
出品作家によるアーティストトーク
日時/1月16日(日)14:00~
会場/第2展示室
※同時開催「From Thank-Cyu」アーティストトークなど(1月16日 16:00~、第1展示室)の後、懇親会を予定
■関連展覧会
「黒へ/黒から」at AIN SOPH DISPATCH
2010年1月15日(土)~29日(土)
※阿部大介、川田英二による二人展
http://ainsophdispatch.org/
「黒へ/黒から」at 月の庭
ファン・デ・ナゴヤ美術展2011と同時開催
http://tukinoniwa.jp/
「稲垣元則とENK DE KRAMER」
Oギャラリーeyes(大阪)
2011年1月24日(月)~2月5日(土)
http://www2.osk.3web.ne.jp/%7eoeyes/
写真/東条香澄《夜の入り口》2010年