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2012年3月16日金曜日

古書 五っ葉文庫店主 古沢和宏


アートホリックな人のいまをお届けするこのコーナー。今回は今年1月に『痕跡本のすすめ』を上梓された古書 五っ葉文庫店主、古沢和宏さんにお話を伺いました。

書き込みがあったり、一部が切り取られていたりする古本のコレクターでもある古沢さん。それらを「痕跡本」と名づけ、ここ23年は「痕跡本」の展示やトークイベントでの活動が注目されていましたが、本を出版されるとは思っていませんでした。

東京のブックフェアで展示した「痕跡本」を、たまたま出版社の方が見てくださり、いろいろなことがうまく絡みあって出版に至ったという感じです。でも、いいのかなという気持ちもあります。というのは、古本にある書き込みなどは、昔から当たり前にあったもので、それらに関するエッセイを書かれている作家もいます。そういった古本の楽しみ方はもともとあったのに、あえて「痕跡本」という名前をつけて勝手なことをやってると思われているんじゃないかという心配もあります。

その古本や書き込みへの思いをつづったエッセイと、前の持ち主がこうだったんじゃないかと、痕跡からの妄想をキャプションにして展示したり、その妄想を語る古沢さんは、切り口が違うと思いますが。

だからいい形で受け止めてもらえたのかも。おかげさまで、朝日新聞と読売新聞にも書評が掲載されましたし、NHK「週刊ブックレビュー」でも紹介していただきました。古本の新たな楽しみ方として興味を持ってくださった方たちに、応援していただけていることをありがたく感じています。

読者からはどのような反響がありましたか?

一番うれしかったのは、この本を読んだ人がこれまで出会った「痕跡本」やそれらに対する思いをツイッターに書いていたことです。書き込みなどは古本には当たり前にあるものですが、それを指す言葉がなかったために話をする機会がなく、個々人の気持ちの中だけで終わっていた。それが「痕跡本」というキーワードによって、引きずり出されたというか。要求はあってもうまい言葉がなかったところに「痕跡本」という言葉がうまくはまったのかなと思います。

一昔前は芥川賞や直木賞を受賞した作品は広く読まれていたし、文学全集は押さえておくという時代でしたが、共通の話題として本が成立しない時代になってきています。読書会が人気なのも本を話題にして話したいという要求の表れのように気がします。

最近は本についての普遍的な話題が減っていますが、本について話したいという人が少なくないと思うんです。読書会もですが、一箱古本市が流行っているのもそういうニーズからだと思います。物を売り買いする場面では、コミュニケーションが生まれやすい。売る側は本棚から選んだオススメ本を並べるわけで、そこにはその本に興味を持ってくれる人と話をしたいという気持ちもあると思うんです。市ではその本に惹かれた人が足を留めるわけですから、そこから本についての話が広がることも。

226日のトークイベントで進行役を務めたSCHOPの編集長が、「痕跡本」がここまでの広がりを見せたのは、アートの文脈を捨てたからだとおっしゃっていましたが

「痕跡本」の展示は、2003年に初めて行いましたが、それが名古屋芸術大学アート&デザインセンターでのグループ展「MP展」、2回目が06年のアートフェチでのグループ展「Fetish and Bookish」で、これがアートの文脈で発表した最後です。08年のブックマークナゴヤでの展示が3回目になりますが、この時「痕跡本」という名前を考えつき、「痕跡本フェア」として展示。「~展」ではなく「~フェア」としたのは、「ビジネス書フェア」のように「痕跡本」を本のジャンルを表す言葉として捉えてもらいたかったから。アートの文脈から離れることにより広がりが出て、古本の楽しみ方として提示できるのではないかと考えたからです。

アートの文脈からは離れられましたが、古本の痕跡から妄想を巡らせて本との関係を楽しむという発想は、アートをやってきた人だからこその視点ではないでしょうか?

そうだと思います。美大での授業はほとんど覚えていませんが、美大で学んだことは「ものの見方」と「ものの考え方」。じつは学生の頃、やりたかった展覧会が2つあったんです。一つは学内のギャラリーに作品を何も置かず、展示室の壁を見せようというもの。その壁は汚いのですが、それはそこでさまざまな展示が行われた証であり、まさに痕跡。そこからこれまで行われた展示に思いを馳せてもらおうと。もう一つは「歴戦の覇者」というタイトル。駐車場でたまにやたらぶつけられてる柱とかありますよね。それが、なぜぶつけられながらも立ち続けるのかみたいなところを見せたかった。ものの歴史や記憶を汲み取るようなことに興味があったんです。

どちらも「痕跡本」と同じ構造ですね。

今と同じですね。たまたまそれが本になったというだけで、やってることは変わってない。僕はもともと本が好きだし、普遍性や広がりを考えて、本に移行していったという感じです。

4月から長者町でも古書 五っ葉文庫を開業されるそうですね。

これまでに多くの展覧会をオーガナイズしてきたアートユニットN-markが運営に関わる「長者町トランジットビル(仮)」が、アーティストやクリエイターの共同スタジオ、ギャラリーとして4月下旬にオープン予定で、その1階がカフェスペースとなるのですが、向かいの書棚スペースを利用して五っ葉文庫を展開することになりました。34日より犬山のキワマリ荘での営業も再開。キワマリ荘はしばらくクローズ状態でしたが、5月のリニューアルオープンに向けて準備中です。

現在の「痕跡本」ブームをどう考えられますか?

「痕跡本」という言葉が一人歩きをして、当たり前の言葉になってくれたらいいと思います。そういう価値観のようなものが根付くためのキーワードになれば、古本を見るのも楽しくなるし、知らない本でも買いやすくなります。「痕跡本」をキーワードに、未知な本を手に取る機会が増え、宝探しのような気分で本との出会いが広がるといいなと思います。


古沢和宏プロフィール
1979年滋賀県生まれ。愛知県在住。「古書五っ葉文庫」店主


~『痕跡本のすすめ』発刊記念トークライヴ~「知られざる痕跡本の世界」
日時:321日(水)19:00
会場:TOKUZO
料金:500
案内人:古沢和宏(古書五っ葉文庫店主)
聞き手:大竹敏之(名古屋サブカルライター)、森田裕(TOKUZO

古書 五っ葉文庫
愛知県犬山市犬山薬師町11-4 キワマリ荘1
Tel090-4195-2851
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